» 対象疾患について
当院は催眠療法中心のクリニックということがあり、主に下記のような催眠の適応のある精神疾患を中心に診療を行っております。催眠療法を行いながら薬をのむことは多くの場合問題はなく、よく合った薬があるなら催眠療法と合わせてさらに速やかな回復も期待できます。一方、どうしても薬をのみたくないという方は、催眠を含めた心理療法のみでお手伝いする方法についてもいっしょにご相談いただけます。
以下に、催眠療法の進め方なども記しておきます。患者様一人ひとりによって困り方は異なるため、教科書的な方法について述べており、実際には患者様の個性に合わせて関わり方を考慮していくものとお考え下さい。
パニック障害と広場恐怖
パニック障害、広場恐怖とは?
パニック障害は、突然起こる激しい動悸や発汗、頻脈(心拍数が増加している状態)、震え、息苦しさ、胸部の不快感、めまいといった身体的な異常に加えて、「死んでしまうのではないか」と思うほどの強い不安感に襲われる疾患です。
こうした発作は「パニック発作」と言われ、多くは数分、長くても1時間以内には治まります。
パニック発作を起こして救急車で病院に運び込まれたりもしますが、医師の診察を受ける頃には発作は消え、心電図や血液検査などをしても異常は認められません。パニック障害は、検査をしても身体的な異常が見当たらないのにこうした発作を繰り返す点が特徴的です。似た症状を呈する疾患に過換気症候群や甲状腺疾患などがありますので、それらとの見分けも大切になってきます。
パニック発作を何度も繰り返すうちに、再び発作を起こしたらどうしようかという、パニック発作に対する強い恐怖感や不安感が生まれてきがちです。これを「予期不安」と言います。予期不安は、「逃げ場の無いような場所で症状が起きたらどうしよう」「発作を他人や大勢の人に見られたら恥ずかしい、迷惑をかける」といった不安や恐怖を生み、大勢の人が集まる場所などを避けるようになります。これが、「広場恐怖(外出恐怖)」です。
典型的には、パニック発作から予期不安、広場恐怖へと発展し、人前に出るのを嫌って閉じこもるようになり、通常の社会生活に支障が出てきます。さらに悪化すると、外にも出られなくなってうつ状態を併発することもあります。
パニック障害の一般的な治療
多くの場合、パニック障害には薬物療法がよく効きます。抗うつ薬や抗不安薬、抗けいれん薬、漢方薬など、個々の患者様の症状をうかがいながら処方されます。
また薬物以外の治療として、「発作で死ぬのではないか?」などの不適切な考え方や信念、苦手な場所にゆくのを避けるような行動を修正していく認知行動療法に効果があるといわれています。
パニック障害に対する催眠療法
催眠療法を行う前に、パニック障害について説明し、患者様にどのような病態かをまず理解していただくことから始めます。
次に、パニック障害のベースには不安があるので、まずは不安が下がる体験をしていただくのが一般的です。身体や心の状態をきめている自律神経系は交感神経系と副交感神経系のバランスで成り立っていますが、不安が強い時にはそのバランスが交感神経系優位となり、呼吸が荒くなったり心臓の拍動が速くうったり、筋肉が緊張したりして、身体の緊張が強い状態になっています。心と身体は深いところでつながっているため、身体が緊張すると心も緊張し、心が緊張するとさらに身体が緊張するという悪循環にはまってしまいます。しかし催眠状態に入ると自律神経系のバランスが副交感神経優位にシフトするため、身体さらには心のリラックスした状態を取り戻しやすくなります。
リラックスする感じがつかめたら、しばしば催眠状態下で曝露療法を行います。催眠状態ではイメージが豊かになり、診察の中でまるで苦手な状況、たとえば電車や映画館の中にいるような体験をすることができるので、しばらくそれに耐えてもらいます。その体験は最初は快いものではありませんが、繰り返し辛抱していると理屈抜きで「自身の怖がっていた状況が恐れる必要のないものだった」と心と身体で納得されてきます。そのため、苦手な状況になっても心身ともに落ち着いた状態を取り戻せるようになってきます。
ただ、パニック障害は体質から心理的な原因までいろいろな要素が絡み合っているともいわれ、それぞれの要因の比重は患者様ごとに異なっています。そのため、必要に応じて心理的な要因を扱ったり、対人関係上の対処について相談する場合もあります。
社交不安障害
社交不安障害とは?
例えば結婚式でスピーチをする時や職場、学校でプレゼンテーションをする時など、大勢の人前に立った際の緊張・あがりは誰にも経験があるでしょう。通常であれば、それはごく自然な感覚なのですが、このような状況を恐れるあまり、その状況から逃げ出してしまうようになると、それは社交不安障害という心の疾患であり、治療の対象になります。
社交不安障害の症状としては、人前で異常に緊張し、手足、全身、声が震えたり、脈が速くなって息苦しくなったり、汗をかいたり、めまいを感じたりします。
社交不安障害の一般的な治療
社交不安障害もパニック障害と同じで、薬物療法や認知行動療法に治療効果があるとされています。
社交不安障害に対する催眠療法
社交不安障害では、苦手で不安になる状況は他人の前でスピーチをする時など、患者様によってほぼ決まっています。そのため、まずは身体と心がリラックスできる体験を繰り返し味わっていただきながら、苦手な状況のメンタルリハーサルを行うことが多くなります。メンタルリハーサルではたとえば、催眠状態下でご自身が人前でプレゼンテーションを行っている状況をイメージしていただき、その際にもリラックスできるようお手伝いしたりします。
パニック障害でもそうですが、リラックスできる催眠を繰り返し体験することを通して、日常生活の中でも自身でリラックスした心と身体の状態を取り戻しやすくなっていきます。そのため、患者様が催眠に入ることに慣れてきた時点で自己催眠を覚えていただき、ご自宅で練習するようお勧めすることが多くなっています。
心的外傷後ストレス障害
心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは?
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、日常を超える強いショック体験や精神的ストレスが脳に刷り込まれて、時間が経過してからも、そうした経験に対して強い恐怖を覚え、様々な症状を招く心と身体の疾患です。震災などの自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などの経験が原因になると言われます。
怖かった経験の記憶が心の傷(トラウマ)として残り、突然に怖い体験を思い出したり、不安や緊張が強まったり、めまいや頭痛が生じるフラッシュバックや、悪夢を見て眠れない、といった様々な症状を引き起こしてしまうのです。著しくつらい体験をすれば、誰もが眠れなくなったり、食欲を失ったりするものですが、それが長い期間にわたって続くようなら、心的外傷後ストレス障害の可能性が疑われます。恐怖が長く続くと外出できなくなるなど、自身の日常生活、さらには自身の可能性をせばめてしまうこともあり、引きこもりがちになって抑うつ的になることもあります。また、「これ以上傷つきたくない」との防衛機制から自身をかえって鈍感にしてしまうこともありえ、この場合には本来の情感の豊かさなどが損なわれてしまうことにもなります。
心的外傷後ストレス障害の一般的な治療
心的外傷後ストレス障害の患者様に限りませんが、心的外傷を受けておられる方には、さらなる外傷体験が繰り返されないように細心の注意を払う必要があります。そのためまず、状況の安全を確保するのが治療の第一歩です。例えば、大きな震災の被災者の方にとって心のケアも必要なのですが、まず大切なのは安心して眠る場所があること、食べるものがあること、家族の安否が確認されることなどで、それらがまず確保される必要があります。家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)の被害者であれば、これ以上暴力を受けることがない安全な環境がまずは確保されなければなりません。そうしたプロセスを通して、心のケアを行っていくための土台も整ってきます。
そうした対応が進む中で、薬物療法やそれ以外の治療が考慮されていきます。薬物療法としては、不眠、強い不安、うつ状態などの症状を標的に、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)をはじめとする抗うつ薬や抗不安薬、感情調整薬などのほか、症状に合わせて強力安定剤、漢方薬も含めたいろいろな薬を考慮します。ただ、これらの薬物は治療としては補助的な意味付けが大きいとの印象を受けています。
薬物以外の治療としては、トラウマとなった場面をあえてイメージしたり、これまで避けていた記憶を呼び起こすきっかけに意図的に身を置くようにしたりする持続エクスポージャー療法、考え方やこだわりを見直し、別の視点で物事を考えるように導く認知療法、眼球を動かしながらトラウマとなった経験を思い出しつつ体験に対する認知を修正していく眼球運動脱感作療法(EMDR)、心的外傷後ストレス障害の人が数名で自分の悩みを語り合い、体験や気持ちを共有していくグループ療法など、いろいろな方法があります。
心的外傷後ストレス障害に対する催眠療法
催眠療法を行うにあたっても、まずは患者様の安全な状況の確保から始めることにかわりはありません。
心的外傷後ストレス障害の患者様は、それまでに経験したことのない非日常的な恐怖を体験しておられるため、外傷体験後は自身の安全感、他人に対する信頼感が揺るがせになっています。そのため治療場面では、治療者との信頼関係を軸として安全感、人に対する信頼感を補強、場合によっては築き直していきます。したがって、早く回復はしていただきたいのですが、治療者が焦ってしまうのはよくなく、まずは患者様を傷つけないことを最優先に、慎重、丁寧に関わらせていただくのがよいと思われます。
催眠を始める際には、まずリラックスしやすい催眠状態の中で安心、安全で信頼できる感覚を取り戻していただくようにしています。そのために身体的なリラクセーションから入ったり、安全な場所のイメージを体験してもらったりします。
次の段階では、心的外傷体験に向かい合いながらそれを克服していくプロセスが必要と言われているため、患者様の心の準備が整えば、イメージなどを利用しながら過去のトラウマ体験に直面化していくことがあります。ただトラウマ体験は非常につらいものなので、その治療には負担が大きく、無理をするとトラウマの再体験になってしまうこともないわけではありません。そのためトラウマ体験を直接には扱わず、イメージや身体感覚を利用しながら間接的に治療していくこともあります。またトラウマを扱うのと並行して、患者様の自己効力感が高まるように配慮したりもします。
そうした治療の効果があれば、次第に安全感、信頼感が回復され、外傷体験の記憶がなくなってしまうわけではないものの、「そのようなこともあった」という形で他の多くの記憶のように風化してゆきます。その結果として、外傷体験がなければ本来患者様が通っていたであろう正常な人生の軌道に戻っていくことが可能になっていきます。
解離性健忘と解離性遁走
解離性障害とは?
人の記憶や意識、知覚やアイデンティティ(自己同一性)は本来なら、一つに整理されています。「解離」とは、こうした感覚を整理する能力が一時的に失われた状態です。
この状態に入ると、過去の記憶の一部が抜け落ちる、感情が希薄になる、といったことが起こり、つねにご自身さらにはご家族も強い不安を覚えることになります。
解離性障害の中には、自身についての大切な記憶が部分的に抜け落ちているように見える解離性健忘、自身のアイデンティティに関する情報がすべて忘れられて少なくとも一時的には思い出せず、ある日突然職場や家庭などから失踪してしまうこともある解離性遁走や、新しい人格の形成を認める解離性同一障害(いわゆる多重人格性障害)などがあります。
解離性障害の主な原因としては、多くの場合ストレスや心的外傷が認められます。心的外傷には様々な種類があり、災害、事故、暴行を受けるなどの一過性のものがある一方で、性的虐待や長期にわたる監禁など、継続的に繰り返されるものもあります。そうしたつらい体験によるダメージを回避するために、精神が緊急避難的にその機能の一部を停止させることが解離性障害につながる、と考えられています。
解離性健忘・解離性遁走の一般的な治療
解離性障害になったのはもともと、つらい体験に直面することから自身を守るための防衛機制がはたらいたからと考えられるので、治療は単に「記憶を取り戻す」などの方法で症状を取り除けばよいというものではありません。そのため、患者様が安心して記憶や本来の生活を取り戻せるよう、患者様の周囲の状況を整えていくことがとても大切です。実際には、安心して治療ができる環境を整え、家族など周囲の人による理解と忍耐を確保しつつ、治療者との信頼関係を維持していくことが、他の病態にもまして必要となります。そうした前提のもとに、患者様が解離性障害になる前に遭遇していた状況を解決したり、無理なく対処したりする方法を一緒に相談していったりします。
解離性障害の症状は、一見非常に変わっているので「詐病(仮病)」と間違われることがあり、その理解はご家族にさえ難しい場合がありますが、上のような解離性障害のメカニズムや治療についてご理解いただけるよう説明していきます。そしてご家族も治療者もけっして焦らず、長期的な目をもってじっくりと治療に取り組んでいく姿勢が大切です。記憶が戻らなくて不安で一番おつらいのは患者様ご自身であり、失われているように見える記憶は消えてしまったわけではないものの、ご本人もその記憶にアクセスすることができない状態だとお考え下さい。
一般には、上のような対応をしながら、患者様の記憶が自然に回復されるのを待つことになります。それでも、完全に記憶が回復されないことが少なからずありえます。
残念ながら、解離性障害に特効薬はありません。しかし、解離性障害にみられる不安、抑うつ、衝動性などに対しては抗うつ剤、強力安定剤、感情調整薬などである程度対処が可能です。
解離性健忘・解離性遁走に対する催眠療法
催眠を行う場合も、治療の方向性は一般的な治療とかわりません。つまり、安心して記憶や生活を取り戻せるような環境が整うようお手伝いしながら、患者様ご自身の心の準備が整うのをまつ姿勢が大切です。
その一方で、記憶の回復のために心理的なお手伝いも行っていきます。催眠状態下では体験しやすい「年齢退行」という現象があり、それは過去の体験をあたかも今現在起こっていることのように体験できる現象のことをいいます。しかし、記憶が忘れられているのはつらい体験から自身を守る防衛機制と考えられるため、年齢退行を行う場合にでも、非常に慎重になされる必要があります。
解離性同一性障害(多重人格性障害)
解離性同一性障害(多重人格性障害)とは?
人の心は本来、一枚岩ではありません。たとえば、自身の気持ちが充実して前向きな時には行動的になる一方で、落ち込んでいる時には自信を失い、何をやってもうまくいかないと思って消極的になり、行動に移せなくなったりしますね。しかし普通はそうした二面性があっても「別な人格が存在している」とは感じません。健常者といわれる人でも、このように心は多くの側面、多くの感情を持っていて、いろいろと葛藤を自覚しながら、「そのどれもが自分」という感覚を持ち合わせています。ところが解離性同一性障害の方は、こうした心の多面性が、まるで完全に別な人格が存在しているように体験されます。
解離性同一性障害の90%以上の方は幼少期に虐待を受けているともいわれ、特に性的虐待を経験していることが少なくありません。そうした虐待を受ける際には、その体験に直面するのはあまりにつらいために、無意識のうちに解離という症状を使って、まるでその体験が自分の身の上に起こっているのではなく、あたかも別人のことのように体験されることで自身を守ったりします。そのようにして虐待という外傷体験が繰り返し体験されると、解離という防衛機制を使うことが日常茶飯事となり、極端な場合には虐待の体験のたびに別の人格が生まれることになります。このようにして新たに出現する人格を、交代人格とよびます。それらを「人格」とよぶ理由は、交代人格はそれぞれに年齢、性をもち、記憶、体験、感情、意志などが交代人格の間で異なり、それぞれの交代人格はあたかも一人の人間のようにふるまったりするためです。そのため、一人の交代人格が知っていることを他の交代人格が知らないような状況が生まれることになり、交代人格の間で意見や行動がまとまらなくなったりすると混乱が大きくなったりします。こうした混乱は、患者様が対処しかねる課題、状況に直面した時に起こりやすくなります。交代人格には、未熟な人格と成熟した人格、穏やかな人格と自傷を起こしがちの人格など、いろいろな特性があり、混乱している状況では交代人格の間のチームワークが乱れているとも考えられます。
解離性同一性障害(多重人格性障害)の一般的治療
解離性同一性障害の方は上のように繰り返し虐待を受けていることが多いため、治療の場面で傷つけてしまわないために十分な配慮が必要です。
そしてトラウマを持つ方すべてに共通することですが、今後外傷体験、虐待が決して繰り返されないように状況を整えることが大切です。そのためには周囲の身近な方、とりわけご家族には協力していただかねばなりませんが、幼少期から親の虐待を受けてこられた方の場合など、ご家族の協力の要請が難しい場合さえあります。そのようなときには、患者様のお住まいのある地域の保健所、健康福祉センター、女性センター、児童相談所などにも協力をお願いすることがあります。
患者様が安心して治療できる状況が整ってくると、次第に病状は安定し、いわば交代人格の間でチームワークもできてきます。交代人格はそれぞれに虐待というつらい状況を生き残るために、自身を守るために生まれてきたものですので、そのすべての人格に存在する意義があるといえます。たとえば自身を傷つけるような人格であっても、その行動は自身を守る意図をもってなされていると考えなければなりません。そのため、それぞれの交代人格のもっている情報を大切に聞き取り、それぞれの人格の感情や意図などをくみとりながら、患者様にとって最善の方向性を、患者様、治療者が協同しながら見出していくことになります。そうした作業がうまく進むと、交代人格の間の争いがなくなり、理想的には人格が1つに統合されていきます。
解離性同一性障害(多重人格性障害)に対する催眠療法
治療の方向性は、一般的な治療とかわりません。催眠に対して期待を寄せる患者様も多いですが、期待は不安と裏表でもあります。そのため、患者様がさらなる外傷体験を受けることのない環境が十分に整い、治療者に対する患者様の信頼感が育ったと判断されるまでは催眠を導入しない方がよいと思われます。
もし患者様の安全な環境、確かな治療的信頼関係が確保されれば、患者様やご家族との同意の下に催眠の利用を考えていきます。そしてまず、リラクセーションや安全な場所のイメージなどを利用して、安心感を体験していただくと同時に、催眠がこわいものではないことを実感していただきます。催眠に入る際には自然に交代人格が現れやすくなりますが、交代人格が何人くらいいるのかはよくわからないので、当初は交代人格に対する情報収集の比重が大きくなります。それぞれの交代人格についてある程度の情報が得られたら、各交代人格の肯定的な意図に配慮しながら、交代人格の間でチームワークが整うようにサポートしていきます。最終的には完全に交代人格が1つの人格に統合されるのが理想的なのかもしれませんが、現実的には交代人格が互いに協力しながらも存在し続け、社会生活は問題なくできる程度にまとまることが多いように思われます。
転換性障害
転換性障害とは?
身体医学的な異常が認められないにもかかわらず、随意運動機能(歩く、立つ、話すなど)や感覚機能(見る、聞くなど)に困難を生じる状態です。歩けなかったり立てなかったりする症状は失立失歩、話せなくなるのは失声、見えなくなったり聞こえなくなったりするのはそれぞれ心因性盲、心因性聾などとよばれ、以前には「ヒステリー」という言い方で不当な評価を受けることも少なくありませんでした。
転換性障害の一般的治療
転換性障害のベースには無意識レベルの心のメカニズムがあるともいわれ、それを少しずつ患者様ご自身で意識できるようになるのが治療的と考えられます。薬物療法は、不安や抑うつなどをともなう場合に補助的に使われたりします。
転換性障害に対する催眠療法
身体的には異常がなく心理的なものが関与しているといわれるため、以前には催眠状態に入ってもらってから「症状が消える」という直接暗示を利用したり、無意識の感情に気付いてもらうためにその原因を探索するようなことが行われていたと思われます。
そうした方法が悪いというわけではありませんが、なんらかの心因から症状が出現し、その結果としてご自身の直面する課題は一時的に棚上げになっていると想定されるため、そのあたりの見立てを治療者側であらかじめできていることが望まれます。その上で、患者様が安心して回復していけるように環境を整えたり、棚上げになっている課題に対処していくための方法を少しずつ相談したりする作業と並行しながら催眠を行うと、その効果が発揮されやすくなります。
そのためしばしば、治療者との信頼関係を前提に、安全、安心な感じをもっていただくためのリラクセーションなどから催眠を始めます。催眠状態は意識の変性を起こすと考えられており、ふだんとは少し変わった身体感覚を味わっていただくことが回復のきっかけとなることもあります。経験的には、患者様の無意識レベルの心の作業の進み具合を考慮しながら、直接的にではなく間接的に回復のための暗示を利用していくのが効果的なように思われます。
疼痛性障害
疼痛性障害とは?
身体の痛みがあるために著しい苦痛をこうむり、身体だけでなく職業、生活にも支障が出ているものの、その痛みに心理的要因が深くからみ合っていると考えられる病態です。何らかの身体の病気がある場合も、それが通常の診察、検査結果から予想されるよりもはるかに耐え難い苦痛として表現されていることもあります。
疼痛性障害の一般的治療
痛みというのは耐え難いものですが、痛みは身体の痛みであると同時に心の痛みでもありえます。たとえばリウマチや頚椎症からくる痛みがあるとしても、その痛みを治療者やご家族がよく理解してくれるのと理解してもらえないのとでは、痛みに対する耐えやすさも変わってきますよね。またその痛みが長期間続いて生活が大きく障害されるようになると、痛みに対して「どうにも対処しようがない」「もう以前のような生活はできない」と感じられる分だけつらくなったりもします。そのため治療の第一歩は、そうした患者様のつらさを治療者が理解し、必要な場合には患者様周囲のご家族などにも説明して理解を求めていくことでありましょう。
その上で、痛みに絡み取られてしまった心を少しずつ解きほぐしていく必要があります。そのために、患者様のお話を聴き、少しでも痛みが楽になる方法をいっしょに見つけていくことが大切です。
薬物療法は、身体が原因の痛みに効果を期待することができるとともに、痛みにより抑うつ的になったりすることに対して効果を期待できます。いわゆる鎮痛剤のほか、抗うつ剤、感情調整薬、場合によっては強力安定剤、漢方薬などが考慮されます。
疼痛性障害に対する催眠療法
多くの場合患者様は回復していく自信を失いかけているため、まずはそのお気持ちを受けとめながら、期待を少しずつふくらませていくお手伝いをします。催眠状態に入っていただいて身体感覚がふだんとかわって感じられる体験、痛みをこらえるために異常に緊張している筋肉が緩む感覚、などは回復への自信を取り戻すためのきっかけになりえます。催眠状態は「注意が集中した状態」であり、うまく痛み以外のものに注意を向けていけると楽になることも期待できます。当初は痛みによっていわば自身を占領されてしまっていたのが、少しずつ自身の身体に対するコントロール感を取り戻せてくると、次第に痛みや自身の心について新たな気付きが生まれるようになります。疼痛をパーフェクトに良くするのは難しい場合が多いのですが、治療が進むと痛みがわずかなりとも和らぐとともに痛みとのつきあい方も上手になり、実りのある生活が取り戻せるようになってきます。
チック障害
チック障害とは?
チック障害というのは、突発的、急速、反復性に自身の意志と関係なく運動が起こる症状を主体とする病態のことをいいます。チックは一時的には意思で止めることができるのですが、止めると不愉快に感じられるという特徴があります。幼少時のクセのようなものから、心因が想定されるもの、さらには神経の病気と考えられるものまであります。
チック障害の一般的治療
一般に、チック障害は強迫性スペクトラムに位置づけられます。そのため薬物療法として、セロトニン系の抗うつ剤や、場合によって強力安定剤を使用します。
チック障害に対する催眠療法
チック障害に対する催眠の基本は、リラクセーションです。リラクセーションを繰り返し行なっていくことで、勝手に動いてしまう筋肉がリラックスし、弛緩した状態を思い出しやすくなっていきます。ただ、ベースに心因が潜んでいる場合にはリラクセーションによりチックが軽快するとともに元々の心因、たとえば怒りの感情などが浮上することがあります。その可能性を治療者はあらかじめ予想した上で、その時期になったら心の整理をしていくためにお手伝いしていきます。神経の病気と考えられる場合には、神経内科の専門の先生などに協力をお願いすることもあります。
過敏性腸症候群
過敏性腸症候群とは?
過敏性腸症候群は、腹痛や腹部の不快感、下痢、便秘などを主症状とする心療内科的な病気です。こうした症状をつねに心配せねばならない状態になっているため、外出したり、乗り物に乗ったり、人といっしょに過ごしたりすることも困難になり、行動が大きく制限されてしまうことが少なくありません。原因として、消化管の運動異常、消化管の知覚過敏、心理的要因などが想定されています。
過敏性腸症候群に対する一般的治療
過敏性腸症候群に対してはまず、不規則な生活、睡眠不足、慢性疲労の蓄積、食生活などに気をつけていただくよう生活習慣の改善が促されます。
次に薬物療法として、症状に合わせて整腸剤、下剤、止痢剤(下痢を止める薬)、漢方薬などが考慮されます。心理的要因が明らかな場合、あるいはそうでなくても、抗うつ剤の処方が考えられる場合もあります。
心理的な要因が関連していると判断される場合には、その対処をいっしょに考えていく必要があり、認知行動療法などが行われたりします。また、心と身体の状態を整えるために自律訓練法も比較的多く利用されます。自律訓練法は催眠療法を定式化したものといえますが、それをご自身で練習していただいたりもします。
過敏性腸症候群に対する催眠療法
過敏性腸症候群に対しては、催眠療法の効果があるとの比較的確かなエビデンスがあります。一番教科書的な催眠の利用法は、リラクセーションや観念運動、イメージを利用することから始めて、患者様ご自身でお腹に手を当ててもらい、お腹の暖かさを感じていただきながら消化管のコントロールについて暗示を与え、自信を取り戻していくための暗示も加える、というものです。
ただこうした一般的な治療に反応しない方もおられ、そうした場合にはその方の悩み方、その悩み方に対するご自身の表現についてよく考慮された催眠を考えていく必要があります。また日本人の特性を考慮して、森田療法的な「あるがまま」の姿勢を身につけていただくことで病気とのつきあい方が少しずつうまくなっていくことで回復していく、とも言われます。さらに、お腹の良い感覚を体験する回数を増やして回復を早める意味でも、「自身でやれる」との自信を取り戻していただくためにも、自己催眠を行っていただくことが勧められます。
パーソナリティ障害
パーソナリティ障害とは?
人はすべて他の人にはない確かな個性を持っているものですが、その個性がある意味極端すぎるためにご自身が非常に生きにくかったり、周りの人が対応に困ったりする状況が生じていれば、それはパーソナリティ障害といわれるようになります。パーソナリティ障害にはいろいろなカテゴリーがありますが、人の悪意を過度に想定したり、過度に不信を抱いたりする妄想性パーソナリティ障害、気分変動が大きく、対人関係も不安定で、衝動性が高い境界性パーソナリティ障害、社会からの批判に対する恐怖のために引きこもりがちになる回避性パーソナリティ障害、などがあります。
その原因としては、遺伝的素因、幼少期の養育環境など、さまざまなことが言われています。パーソナリティ障害の方は自身のアイデンティティ(自我同一性)を確かなものと感じることが難しい、といわれます。アイデンティティ(自我同一性)というのは一言でいえば、「自分はこういう存在」という心理的な感覚をいいます。それが不安定なため、自身の安心のためにいつも周囲の人から承認されることが必要であったり、周囲の人の態度を被害的に受けとめることで自身を責めたり、逆に人に怒りを覚えたり、対人関係を避けてしまったりし、場合によっては自分を傷つけてしまうこともあります。パーソナリティ障害の方の困り方はいろいろですが、共通するのは、ご自身の生き方を模索して懸命に生きながらも、なかなか自身を確立できない苦しさであると思われます。
パーソナリティ障害に対する一般的な治療
親が患者様を虐待していたような場合を除けば、誰かが悪かったからパーソナリティ障害になった、という風には考えないのが良いと思われます。遺伝的素因が関与している可能性もありますし、そもそもパーフェクトな親は存在しません。パーソナリティ障害の方は、普通は幼少期にある程度確立される安心感、人に対する信頼感などが十分に育っておらず、その後の対人関係に問題をきたしていると考えられます。
そのため、治療としてはまずそうしたことを理解していただくとともに、治療者に対する安心感、信頼感を軸にして、少しずつ安心して人と関われる体験を拡げていきます。パーソナリティ障害の方は完璧主義であることも多く、それが逆にご自身で試行錯誤していく勇気をくじく原因になっていたりするので、課題に取り組むプロセスこそが大切で、結果は二の次であることを繰り返しお伝えしながら、苦手としている課題にも取り組んでいけるようにいっしょに考えていきます。その際、現実的に許されることと許されないことについても相談します。そうした経験を重ねるうちに、新しい行動パターンを身につけたり、自信を積み上げたりすることが可能になっていきます。
パーソナリティ障害そのものを治すわけではありませんが、気分が揺れたり、抑うつ的になったり、怒りを覚えたり、衝動的になったりするのを抑えるために薬物療法は有効です。よく使われるのは抑うつや不安、衝動性を抑えるための抗うつ剤や感情調整薬で、場合によっては強力安定剤、漢方薬なども考慮されます。
パーソナリティ障害に対する催眠療法
パーソナリティ障害の方に対して催眠療法を行う場合に鍵になるのは、他の治療法と同様に、患者様と治療者との信頼関係です。最初は安全で信頼できる体験をしていただくために、リラクセーションや安全な場所のイメージなどを体験していただくことが多くなります。また、感情をコントロールするための間接的な暗示を利用したり、自信を高めていただくための暗示を工夫したりします。
治療者は細心の注意は払いますが、それでも患者様の怒りを買ってしまうこともあります。ただ、怒りが出ることは必ずしも悪いことではありません。大切なのは、怒りを爆発させてしまったことを、何かを学ぶ機会として活かすことです。怒りはそもそも自身を守るのに必要な感情なので、怒りの感情を否定するのではなく、怒りを表現するための適切な方法をいっしょに考えていきます。もちろん治療者も万能ではありませんが、もし治療者が患者様の怒りを受けとめ、怒りを表現してもそれが必ずしも人との関係を切ってしまうことにはならないことを知る機会になるとすれば、それは治療的になります。そのため、安心感、信頼感を体験しやすい催眠を用いながら、ご自身の感情をコントロールし、安定した対人関係を維持できるようにサポートしていきます。
*ホームページのスペースの関係でこれ以上詳しくは述べられませんが、その他催眠療法の効果があるとされる病態については、「催眠療法」のページをご参照ください。
*催眠療法ではなく、一般の薬物療法、精神療法を希望される方には保険診療も行っております。