» 薬をのむのはこわいこと?
「精神科の薬はこわい」「薬をのませるのはかわいそう」と感じられている患者様、ご家族の方は少なからずおられると思います。よくわからない薬を「心に効く」と言われても、不安ですよね。ただ、よく言われるのは「精神科の薬は心のギプスのようなもの」というたとえです。骨折をした場合には、ギプスが折れた骨をくっつけてくれるわけではないものの、折れた骨が動かないように固定しておくと骨は早くくっつきますよね。このようにギプスは身体の自然治癒力がうまく働くための援助になりますが、精神科の薬も同様です。薬が心を治してくれるわけではありませんが、たとえば薬をのむことによって不安が下がれば、患者様が本来もっておられる自然治癒力が働きやすくなります。 ある意味では、薬をのめば早くよくなるのにのまずにいるというのは富士山を1合目から徒歩で登るようなものです。もし頂上に着くのが最優先の課題なら、一合目から歩くよりも5、6合目まで車で行ってしまって身体力を温存しつつ、その後徒歩で登った方が、費やす労力も危険も少なくてすみます。それと同じで、薬で早くよくなる可能性が大きいなら、のんでいただいたほうがよく回復すると期待できます。
精神科には大きく、認知症のような脳に明らかな原因がある疾患、脳に何らかの原因があるであろうと考えられつつもよくわかっていない統合失調症や躁うつ病(双極性感情障害)などの内因性精神病、仕事上のストレス、失恋や大切な肉親を失うなどの明らかな原因に裏打ちされる心因性の病態、パーソナリティや発達に問題があると考えられる病態などがありますが、どのような病態であっても薬によってよくなる、あるいは楽になる場合がほとんどです。
そのため、「薬ののませるのはかわいそう」なことではなく、「回復のために適切な種類、必要最低限の薬をのむのは患者様に援助的なこと」とお考えください。
一方で、薬をこわいと感じておられる患者様に対して「それがよいのだから、患者様が薬をのんでくれるのは当たり前」と治療者が考えるのはいましめられるべきだと思います。もし薬についてよくわからない患者様がおっかなびっくり薬をのんで下さるとすれば、それは治療者を信頼して下さるからであり、治療者は患者様に感謝すべきなのではないでしょうか。そのため、薬が必要な場合には少しでも安心しておのみいただけるように説明いたします。
薬やその使い方にはいろいろあります
精神科、心療内科の薬にもいろいろあります。うつ病などで使われる抗うつ薬、軽い不安を押さえるための緩和安定剤、精神病の幻覚や妄想、強い興奮を抑えるための強力安定剤、主として躁うつ病などに対して感情調整薬、てんかん発作を抑える抗てんかん薬、よい眠りをえるための睡眠薬、認知症の進行を遅らせるための抗認知症薬、などが日常的に使われています。
他の先生方の処方の仕方を拝見していますと、それぞれのご経験で本当に様々な薬の使い方があるなと感じます。ただ、それは必ずしもどれが正しく、どれが間違っているということではありません。治療の初期には比較的オーソドックスな薬で、少ない種類から治療を始めるのが一般的です。一方で、治療経過の長い患者様には経験的に薬が積み重ねられて効果を発揮することもあります。処方の仕方については、治療者がどのような先生にそれを教わってきたかによっても異なり、また治療者自身ならではの経験もあります。
そんなこともあり、お薬手帳などでその薬をのんできた歴史がわかるとより適切な処方がしやすくなります。
精神科・心療内科の薬にはいろいろな種類があります
精神科・心療内科で使用される薬(向精神薬)には、主に下記のような薬があります。下の説明は教科書的な薬の説明ですが、治療者の経験によってはとても独特の、かつ効果的な薬の使い方、薬の組み合わせなどがあるものとお考えください。
抗精神病薬
主に統合失調症の治療に用いられる薬です。統合失調症の症状には、陽性症状(幻覚、妄想など)、陰性症状(感情や意欲の減退、無関心など)、および認知機能障害(日常的に臨機応変な対応ができなくなる)があり、それらの症状に合わせて、適切な薬が選択されます。また双極性感情障害(躁うつ病)、薬物精神病、脳器質性の精神疾患などに対して使われることもあります。
抗うつ薬
うつ病の治療に用いられる薬です。抗うつ薬には何種類かあり、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性薬(NaSSA)などがあり、症状に合わせて、適切な薬が選択されます。
気分安定薬
双極性障害(躁うつ病)における薬物治療の中心となる薬です。中枢神経に作用して、抑えることのできないような感情の高まりや行動を抑制し、躁やうつなどの気分の波を小さく、そして安定させるために使います。再発予防にも効果があります。
抗不安薬
不安や緊張、焦燥感をやわらげる薬で、不安性障害などの治療によく用いられます。抗不安薬の効果は比較的速やかに現れますが、そのために「この薬はよく効く」との自覚が出やすく、のむのが癖になりやすく、医師の判断の下にのむことが大切です。眠くなる作用もあるので、不眠症にも使われます。
睡眠薬
不眠症の治療に用いられる薬です。寝つきが悪い、朝早く目が覚める、熟睡感がない、などの症状に応じ、タイプに合った薬がそれぞれ選択されます。近年、メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬などの新しい薬も開発されており、不眠症の薬物治療の選択肢は広がっています。
抗てんかん薬
てんかんの治療に用いられますが、感情調整のためにもよく使われます。抗てんかん薬にはいくつもの種類があり、どの薬を使うかはてんかん発作の型に応じて選択されます。てんかんは、脳の細胞に異常な電気信号が大量に発生するために起こりますが、抗てんかん薬は脳の活動を抑制するように働いて症状を改善します。
漢方薬
多くの場合、西洋薬の方が効き方についてよくわかっており、1つの治療目標に対してシャープに効く印象があります。一方、パニック障害や過敏性腸症候群、月経と関連するイライラや冷え性などには漢方薬が顕著に効く場合があります。漢方薬の処方が望ましいと考えられる場合には積極的にご提案いたしますが、漢方処方をご希望の方はご自分からお伝えいただくことも大歓迎です。