鬼束ちひろさんの歌声が美しい
2017年5月30日
昨月のことですが、シンガー・ソングライターの鬼束ちひろさんが作詞、作曲された『月光』を聴いてその美しい歌声に惹かれました。「鬼束さんってどんな方なんだろう?」と自叙伝の『月の破片』を拝読し、『月光』だけでなくもっと多くの曲を聴いてみたくなってCDを借りたり購入したりし、結構たくさん聴いてみました。『月の破片』に書かれたことの隙間を私自身で埋めたりしながらちひろさんのことを想像し、曲をずっと聴いてみますと、敬虔ともいえる気持ちになってきます。ご自身が自らに刻んだ ”God's child" というアイデンティティは自身を縛る「鎖」となり、「倒れることを許さ」ないため、「悲しい音」が「背中に爪痕を立てて」もなお前に進もうとしており、その壮絶に胸が突かれる気がしました。『眩暈』には、「宝石」のふりをした自分ではなく「がらくた」のままの自分を抱きしめてほしいとの赤裸々な感情が現れているようで、その詩は穏やかな曲にとても合致していますが、同時に心の中の葛藤も詩に映っているようです(私には、ちひろさんががらくたとは決して感じられないのですが)。『流星群』では詩そのものがとても素直になり、一番安心して聴くことができました。その後いろいろなご苦労(「苦労」との言葉は安易ですが、他に適切な表現が見つからないので)を乗り越えられた後の『琥珀の雪』に詠われている「雪」からはとても清潔で、嘘の混じらない、静かではある一方糸がピンと張ったような緊張が感じられ、その雪の深さはちひろさんの想いの深さだから、やはり舞い「積もる」ものなのでしょう。「春が来たら」とご自身に言い聞かせるようにつぶやく詩は、聴く者の心の深海に降りて、その底にようやく落ち着く場所を見つけ、そしてまたこみ上げるかのようです。今年2月に発売されたアルバム『シンドローム』に収録された『火の鳥』の「素直になれない 涙があふれる あなたに届け」との詩を繰り返し噛みしめると、これはやはりちひろさんの永遠のテーマなのだろう、と(不遜にも)思ったり致しました。この素直になれずに涙をあふれさせるところも含めて包んでくれるような男性が現れるといいなあ、と兄になったような気持ちになります。一般には、芸術家は自身の満たされない深い思いを結実させることですばらしい作品を創造すると言われるので、気持ちの安定は必ずしも傑作を生み出すことには結びつかないのかもしれません。しかしそうだとしても、芸術性の高さは棚上げにしてもかまわないから、ちひろさんには幸せになってほしいな、などと父親のようなおせっかいな気持ちが湧いてきたりも致します。
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