松木繁先生の『催眠トランス空間論と心理療法』 〜 セラピストの職人性の探求
2017年11月22日
この本は私の催眠の師である松木繁先生がご自身のライフワークである「催眠トランス空間論」について述べられたもので、松木先生のお仲間であるセラピストの論稿も合わせて掲載されています。今月出版されたばかりの、栄養たっぷりの書物です。ここでは、松木先生のご主張をできるだけ簡単な言葉でご紹介いたしましょう。この本は松木先生ご自身が催眠トランス空間にたどりつくまでの紆余曲折、軌跡を印象的な体験を交えて記されていることもあり、心理の専門家なら誰にとっても読み応えのある物となっています(その分、非専門家の方には少し難しいかもしれません)。
松木先生が最初催眠を学び始められた頃には、古典的・伝統的な催眠が主流であり、催眠療法家の姿勢として「権威的であれ」との教えもあり、暗示も操作的、指示的なものとなりがちでした。そして最初はそうした催眠が効果を持つことを体験していかれるのですが、その後操作性、指示性のゆえにクライエントの抵抗が見られる事例に重ねて出会うことになります。そうした失敗例といえなくもない事例に対して、クライエントが回復のために出来ている準備に応じて治療を進めていく必要性であったり、クライエントのイメージをセラピスト主導で誘導していくことの無理さ、催眠下で行う治療的手続きをクライエントの同意を確認せずに進めていくことの強引さだったりをクライエントから気付かされながら、改めて治療的合意を取り付けつつその場を収め、そこから治療的に機能する催眠の鍵を見出して行かれます。そうした軌跡を辿る中では、職人芸を持ち合わせた複数のすぐれた師、セラピストとの出会いもあったと知られます。
上のようなご工夫の末にたどり着いたのが、催眠トランス空間論です。その骨子を非常に短くまとめると、催眠が治療的であるためには、トランスという空間がセラピストとクライエントに共有され、セラピストとクライエントの相互関係が考慮されなければならないこと、トランスがクライエントにとって安心、安全な場、守られた空間として機能すること、催眠の導入、誘導、深化、臨床適応、覚醒というすべての段階でクライエントの反応を確認しつつ、手続きが共感的になされる必要があること、これらの条件が満たされるとクライエント自身の中から出てくる自発的な反応が問題の解決の鍵として活かされるうること、でしょうか。こうした作業はいわゆる治療のプロトコールに則った方法では無理で、個々の個性的なクライエントさんに適時的に、必要な介入を行っていくことが要請されます。松木先生が「職人芸」という言葉を使われたのもそのためです。言ってしまえば簡単ですが、1人1人の患者様にこのような催眠を施していくために日々苦労している、というのが弟子の1人としての正直な感想です。
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