佐野藤右衛門さんの『桜のいのち 庭のこころ』
2019年4月29日
佐野藤右衛門さんは現代流にいえば造園業に携わっておられるのですが、代々京都の仁和寺という由緒正しいお寺を守る立場にありました。藤右衛門さんは30歳代から彫刻家のイサム・ノグチと知り合い、協同でパリに日本庭園を造ったりもしています。根っからの職人気質で、この著作の中には多くの仕事、作業がマニュアルをベースとして動いている現代においては培うのが困難な知恵を垣間みることが出来ます。
藤右衛門さんは多くの桜を育ててこられ、自身を「桜守」という立場にあたるとしていますが、それは最近よく耳にする「樹木医」や「自然保護」とは違うものだといいます。藤右衛門さんからすれば、樹木医はたとえば桜の木にシリコンを入れたりしているのですが、それは桜の足下を見ずに幹だけをやっているからまずいとのことです。桜守の仕事は症状を治すことから始まるのではなく、その桜の性格をしっかり見立てることが大切のようです。そしてたとえば、根はとても大切で、桜の根の先は根元ではなくずっと先にあり、そこから養分を吸い上げるので、根元に水をやったりすると根腐れの原因となってよくないともいいます。ちなみに根の張っている先というのは、四方に伸ばしている枝の先の下くらいなのだそうです。自然保護という立場は、ただ今あるものを保護しようとするだけで、「今までがこうだったから、この後どうなっていくだろう」との木の生長、生涯という視点が抜けているといいます。
桜を見守る仕事と比べ、庭作りは依頼主の希望もあるから大変です。庭職人としては、庭を造るように依頼された場所の土がどのようなものなのかはとても大切なのですが、できれば1年ほど寝かせる間にそれを見立てたいものの、それだけの時間は与えられないのが普通です。また本来庭は造園士が引き渡した段階で完成するというより、依頼主が手入れをしつつ育てて行くものなのだそうですが、依頼主は手入れのいらない庭を望んでいたりもします。
拝読していて何とも職人さんらしいと思ったのは、マニュアルは役に立たないと言い切っておられることですね。庭には土、木、石など重要な要素の組み合わせになりますが、それらは1つとして同じものはなく、また庭は多くの場合それまでに出来上がった建物との関連で微妙に再調整される必要があり、あらかじめ作成されている図面の通りに石や木を配置したりすればいいというものでは全くないようです。
実は、この著作を読みながら、普段私どもが患者様をサポートする仕事にも似ているところが多々あるなと感じた次第です。たとえば「この精神疾患にはこういう治療が効く」とのデータがあっても、患者様1人1人はそれぞれに違う個性をもたれ、個々に特別な状況の下に置かれたりしているので、教科書やマニュアルがその治療法を教えてくれるというわけではなく、患者様と相談しながら、最善の方法を試行錯誤で見出してゆくことになります。
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