三島由紀夫の「金閣寺」 〜 反社会性パーソナリティについて考える
2017年7月3日
金閣に火を放った実在の人物をモデルにした三島由紀夫の代表作『金閣寺』は、反社会性パーソナリティや犯罪についてよくよく考えさせてくれる小説です。主人公溝口の悲劇はすでに小説の冒頭にほのめかされていますが、その不幸は両親が父性、母性というものを非常に歪んだ形でしか伝えられなかったことに始まっています。吃音のためにいじめも受けていますが、吃音を初恋の女性に罵られたこと、その女性が愛する脱走兵とともに命を失う現場を目撃したことが、生涯を通して性と暴力とを結びつけてしまい、人への信頼を非常に困難なものにしています。父の死後金閣寺の住持になることを嘱望され、京都の仏教関係の学校に転校して寺に入りますが、残念ながら金閣寺の住職は父の代わりに理想的な男性のモデルとして機能することはなく、唯一信頼できる人となりえた同級生の鶴川は恋愛をめぐって自殺し、やはり同級生で内翻足を患っている柏木に繰り返し挑発されることを通して、溝口の中の反社会性が花開いてしまったように見えます。その結末が金閣への放火ですが、作者の三島は溝口に「(一仕事を終えて一服している人がよくそう思うように、)生きよう」と心の内でつぶやかせて小説を締めくくっています。社会的破滅でもある金閣への放火を遂行した後に溝口が「生きよう」と思った理由は、溝口にとっては金閣が自身の乗り越えなければならない父性、法といった自身を拘束、支配するものの象徴であり、それを世界から消滅させることができたからでしょう。溝口が命がけで乗り越えようとしたこの課題は、全ての男性が思春期以後に消化せねばならないライフサイクル的な課題なのですが、この課題の乗り越えのために社会のルールから逸脱した方法しか見出せなかったことこそが溝口の最大の悲劇であり、それは男性、女性の理想的なモデル、溝口に寄り添ってくれる相手とめぐり会えなかったという大きな不運に根ざしていると思われます。
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