国分寺 精神科 心療内科 大学通り武蔵野催眠クリニック メンタルクリニック

ドリアン助川さんの『あん』 

ドリアン助川さんの『あん』 

2019年3月5日

この小説は、2015年に映画化され、第68回カンヌ国際映画祭に出品されており、近年相次いで他界された名女優の樹木希林さん、市原悦子さんが共演されていたこともあり、ご存知の方も多いかと思います。ドキュメンタリーではないものの、著者が多くの当事者から様々な証言を得ており、しっかりと現実に裏打ちされた小説ということが出来ます。

 

そのストーリーは、以下のようなものです。どら焼き屋を営む辻井千太郎がある時アルバイトを募集したところ、72歳の女性吉井徳江が来店し、自身を使ってほしいと希望します。千太郎は肉体労働であることを理由に繰り返し断るのですが、再来店した徳江は自ら作ったあんを手渡して帰っていきます。千太郎はそれを迷いながらも口に運び、普段他の業者に製作を任せているあんよりもはるかにおいしいことに驚き、徳江の採用を決めます。業者からあんを買い付けていた頃には電話一本で持ってきてもらえば良かったのですが、以後早朝に出勤して徳江とともにあん作りを始めることになり、そのコツを少しずつ教わっていき、あんの味も格段に良くなって客足も増えていきます。ただ千太郎には徳江について当初から心配していたことがあり、それは徳江の指の変形でした。それを客が気にするのを恐れ、徳江には客の前に出ることを許さず、あんを作ったら仕事を上がるよう指示していました。ところが千太郎は借金も抱えて休みをとらなかったために体調を崩し、それを機に徳江が客と接する機会を得るようになります。その後ある時期からめっきり客が減ることになるのですが、それは徳江がそう遠くないハンセン病の旧療養施設から通っているという噂が流れたためでした。「ハンセン病」はかつては「らい病」と呼ばれ、らい菌の感染症により皮膚や末梢神経を侵される病気で、顔や四肢の変形が見られることもあり、業病として忌み嫌われた病気です。らい菌は感染力が非常に弱く、すでに特効薬も開発され、それまでなされていたように患者を隔離する必要はないことが知られ、他の先進国に比べればはるかに遅くではあるものの、日本でも1996年には患者を隔離するための法律も廃止されたのですが、長い年月隔離された後には戻る場所もなく、多くの方がそのまま旧療養施設に居住し続けていました。徳江は自身の病気(といってもすでに昔に治癒しているのですが)が原因で客足が遠のいたのを悟り、千太郎の店を去ります。どら焼き屋のオーナーが徳江を辞めさせるよう強く迫っていたのに抵抗することも出来なかった千太郎は、徳江を見殺しにしたことでとても苦しみますが、その後も徳江を旧療養施設に訪ねたりし、あんの作り方なども教わりながら、癒されていきます。実は千太郎はかつて大麻取締法に触れたために服役し、その間に母を亡くしており、徳江に母を見ていたのですね。結局オーナーとの意見の食い違いから千太郎はどら焼き屋を閉じ、徳江のあんの味を受け継ぐために模索し、手紙のやり取りを通して徳江に支えられていきます。しかし、ある日旧療養施設を訪ねた千太郎は、徳江が肺炎で亡くなったと聞かされます。徳江は自身の死を予感し、変形を生じてよく動かぬ手で千太郎に絶筆の手紙を残していました。その手紙から千太郎は、徳江がアルバイトの応募の前から千太郎を少し遠くから見知っており、千太郎の抱える深い悲しみを見抜いて心配していたと知ります。徳江は徳江で、千太郎に息子を見ていたのですね(徳江は療養施設で出会った男性と結婚したものの、当時の法律はハンセン病の患者に子どもを設けることを許していませんでした)。絶筆の手紙に記されていた「私たちはこの世を観るために、聞くために生まれてきた。この世はただそれだけを望んでいた。だとすれば、教師になれずとも、勤め人になれずとも、この世に生まれてきた意味はある」という言葉は、徳江ならでは語ることのできない嘘偽りのない、説得力を持ったものであるからこそ、千太郎にも生きていく勇気を与え得たのでしょう。

これは随分と大雑把なあらすじで、実は脇役にはワカナちゃんという女子中学生(後に定時制高校に進学します)が出てくるのですが、彼女もアウトサイダー的存在で、千太郎のどら焼き屋を居場所にし、千太郎や徳江を生きる支えとしており、千太郎が徳江を訪ねる時には同伴していました。徳江は14歳で療養施設に隔離されましたが、徳江はワカナちゃんに孫娘、そして若い頃の自身を見ていたのかもしれません。

 

題名を含めて一貫して使われている「あん」という言葉は、「あんこ」では絶対だめでしょうね。「あん」という音には、どこか静かに、発音し終えてなおずっと深く続いていくようなものがある気がします。『赤毛のアン』ではありませんが、少女を連想させるようなところもあり、それはワカナちゃん、若き日の徳江、さらには清廉で汚れのない女性性、母性のようなものにもつながっているような気が致します。徳江がおいしいあんを作ることが出来たのは旧療養施設の製菓担当を50年間務めてきたからですが、あん作りは徳江を上の引用のような生きるすべ、境地に到達することを可能にし、徳江と千太郎、ワカナちゃんを結びつけ、千太郎やワカナちゃんを生かすものともなっている・・・ということでしょうか・・・

 

 

 

 


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